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【亞】の玉手箱2

【亞】の玉手箱2

初めての断食は1970年

55年ほど昔、父が断食道場で断食をした。
  その時は 余り興味が湧かなかった。


  私が 初めて断食をしたのは 50年前。
  ふらりと入った古本屋で見つけた
  【西医学断食法】という本が きっかけ。

 一読して 「面白いな、やってみよう」。

  自宅で断食を始めたものの、
  3日目になって 突然コロッケが食べたくなり、
  近くの市場で買って 一気に5~6個食べた。
  頭の皮が キーンと突っ張ってきて 慌てたっけ。


  2ヵ月後、「小田原断食道場」で1週間の本断食。
  このときは断食に関しては、上手くいった。
  しかし、回復食の段階で 食べ過ぎた。
  断食の反動で 口が卑しくなってしまうのだ。
  その後は 回復食期間まで 断食道場にいるようにした。
  
  25年以上前から反動が出ない。
  反動の原因がわかったからだ。
  断食中の精神状態をどのように方向付けるかで、
  断食の成功と失敗が決まる。
  
  断食前、減食期間、断食中に“平常心”でいること。

  特に断食中の「あれが食べたい、これが食べたい」や、
  「普通食に戻ったら○○を食べよう、△△を食べに行こう」が良くない。
  これは“反動の種”を蒔くようなもの、肥料や水をやって育てているのだ。

  断食後の回復食~普通食への移行がスムーズに行くのは
      食に対する平常心 のみ。
 
  そして体に聴くこと。体が教えてくれる。

  いろいろな道場で断食をした。
  それぞれ個性的な道場主がいて、
  断食といっても 様々な療法があることを知った。
  いまは当時の道場主たちは 亡くなり
  道場も数えるほどしかない。

  道場に来る人々は 皆、病気治療が目的で
  私が「断食は趣味」と言うと 吃驚されたものだ。


  25年ほど前からは 自宅断食になった。



           ●



  5歳の頃、家のごはんが玄米になった。
  亡・二木謙三先生の指導だった。
  病気がちだった家族が 健康になった。
  私も風邪を引かなくなった。

  それ以降の 父の人生は 亡くなるまで
  「玄米食普及」と「世界連邦」だった。



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